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『マネー・ボール』

マネー・ボール
マイケル・ルイス
中山宥 訳
RHブックスプラス

マネー・ボール (RHブックス・プラス)

第1章 才能という名の呪い
第2章 メジャーリーガーはどこにいる
第3章 悟り
第4章 フィールド・オブ・ナンセンス
第5章 ジェレミー・ブラウン狂騒曲
第6章 不公平に打ち克つ科学
第7章 ジオンビーの穴
第8章 ゴロさばき機械
第9章 トレードのからくり
第10章 サブマリナー誕生
第11章 人をあやつる糸
第12章 ひらめきを乗せた船
エピローグ

アスレチックスのゼネラルマネジャービリー・ビーンが球団経営に科学的手法を用い,少ない予算で資金力の強いチームと渡り合っていく物語.ビリーが野球に持ち込んだのは,今ではセイバーメトリクスと呼ばれる統計的手法である.

ビリーが統計に基づいた球団運営をする以前は,選手の評価とくにスカウトは,職人的スカウトマンの経験的な勘によって行われていた.ビリー自身もかつてはスカウトマンによって絶賛され,大きな期待を背負ってプロ野球選手となったのだった.

しかし,非常にすばらしい身体能力を持っていながらも,ビリーは全く活躍的なかった.性格的な面で野球選手には向いていなかったのだ.ビリー・ビーンという選手が,伝統なスカウト方法に欠点があることを示す象徴的な例だったのである.

統計的手法によって,これまでの野球の常識を覆す事実が明らかとなった.本書では,新たな野球理論については詳しく記述されていない.理論について詳しく知りたい場合は,別の専門書に当たるべき.

一つ興味深かったのは,

ホームラン以外のフェア打球は,ヒットになろうとなるまいと,投手には無関係なのではないか?(p.356)

という事実.ドカベンの里中の打たせて取る技術が全否定された.明訓高校の守りの強さは,里中によるものではなく,守備陣によるものだったのだ.

新たな選手評価方法によって,これまで評価されてこなかった選手を安く雇い入れ,アスレチックスは三倍もの予算を持つヤンキースと互角に勝負したのであった.統計によって選手の正しい価値を評価する様子は,まるでデリバティブ取引のようである.とくに,トレードの場面なのは金融取引をしているようにしか見えなかった.

こんなふうに数字だけで人間の将来性を予見するやりかたには,どうも違和感を覚える.わたしはそう反論した.選手はみんな違う人間だ.ひとりずつ,無二の例としてあつかうべきだろう.他と単純比較はできない.
 ビリーの返事は明快だった.野球選手はみんな似たような軌跡をたどる.軌跡はデーバブックに刻まれている.もちろん,予想のコースから外れる選手もいるけれど,チーム25人全体で平均すれば,はみ出た部分は相殺される(p.372)

選手はそれぞれ個性を持った人間であり,数字のみで客観的に評価するのは,非人間的な冷たい方法である.統計で全て決まってしまうなら,選手を揃えたあとの実際の試合は,サイコロを振るだけの確率的ゲームなのか.例えそうだとしても,人間が全力で戦った結果に一喜一憂するのがスポーツを見る面白さではなかろうか.

興味深いのは,ビリーは本来は個々の結果に感情を振り回されるような人だということだ.世界は数字のみでできていると思っているような無機質な個性を持った人間では決してないのだ.現役時代は,三振すればベンチで感情を爆発させて暴れまわるという人だった.そのために,コンスタントに結果を残すことができなく,活躍できなかったのだ.そういう人が,実際の試合は見ることなく,努めて客観的なポジションをとっているところに,なにか物悲しさを感じた.


FJK'S BOOK NOTEの2012年11月の記事を修正転載