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あり余るコンピュータの性能の使い方?

考察

2045年問題というのが、(言葉はおかしいですが)流行りの未来です。

コンピュータが発明されて半世紀の間、その性能は等比級数的に向上してきました。そして、次の半世紀もコンピュータは同様に等比級数的に進化すると言われています。今の形体のままで、ただ性能だけがあがったものになることはないと思いますが、多分この予想は正しいと思います。

性能ばっかり上がっても、使い道がないという問題があります。コンピュータは性能が先行してして向上して、使い方が追いついていないというのが実際でしょう。例えば、1台のマシンが、サーバー(マシンという意味でなく使い方という意味)用途で求められる性能を超えてしまっているので、仮想化して複数のサーバーを一つのマシンに載せたりしています。ちょっとしたサーバー用途では、もはやマシンの性能を使い切ることはできないわけです。高い性能のサーバーを用意したところで、クライアント、つまり人間が対応しきれないという状況になりました。

向上した機械の性能を使いきる、新しい使い方を発見したのが例えばGoogleでした。インターネット上の膨大なデータ、人間には対応しきれない量のものの中から、欲しいデータを探すことをコンピュータにやらせました。誰よりもうまくコンピュータを使いこなして、膨大なデータを処理する方法を身につけた結果、今の隆盛があります。

しかし、これからもコンピュータの性能は向上し続けます。新しい使い道を見つけなければなりません。

そこで今もっとも有力なのが人工知能なのです。GoogleIBMFacebookApple等々有名企業がこぞってこれに取り組んでいます。結果、2045年にはコンピュータの知性が人類を超えるなんて言われています(特に根拠はないですが私はこれには懐疑的です)。

別に人工知能でなくたっていいのです。あり余る計算力をうまく使った、新しい使い道を見つければ、次のラリー・ペイジになれるかもしれません。なんかおもろいアイデアはないものだろうか?