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最先端の先に何があるのかが見たい

所感 a.k.a. poem

新しい手法なり技術なりが私にとっての唯一の価値です。

もちろん仕事は私の価値のためではなく、顧客あるいは社会の価値のためにするものです。両者が共通していれば最高です。三方良しの精神はもっているつもりです。

さて、なぜ最先端にいなければならないかと考えてみると、それは私はその先の世界が見たいからなのです。

新しめのものであろうが、枯れたものであろうが、既存技術という意味では同じです。難しさでいうと枯れたものの方が試行錯誤が残っていて分かりにくかったり扱いづらかったりするかもしれません。新しいものは本当に情報が少ない実験的なものは別として、普及段階になったものはインターネット上にいくらでも情報があります。アーリーアダプターは情報を発信したがるので、参考になってありがたいです。新しいものの方が取り入れるのは簡単なように思います。一方で枯れたものは安定しているので、安心して使えるという利点があります。どちらも一長一短です。

2つの異なる点と考えるのは、新しいものはその先がまだ分からないということです。

古いものはそれを使ったらどうなるのか、どういう問題が出てどこで行き詰まるのか分かりきっています。解決方法も分かっています。新しいものを使うことです。

新しいものはそれが分からない。それを使ったらどういう問題にぶち当たるのか。問題は公知だとしても、それをどうやって解決すればいいのかは分からないのです。これを解決すれば、新たな世界が見えてきます。私はそれが見たい。

2045年に技術的特異点に達して人類と機械の最終戦争が起こるかもといわれています。私はその先が知りたいのです。だから、技術的特異点にまで技術を引っ張りあげたいのだ。

その問題は社会的にはもうとっくに解決されているだろうというのを議論したくないのです。お前らは知らないだけで、俺は答えを知っている。その答えの問題点もしっていて、その解決方法も知っている。問題は答えを受け入れないことだ。そういうのは虚しくなります。

最先端までいかないと解決するべき課題も見えてこないです。課題が最も大事なんて誰でも知っている。

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」

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