プログラミングは「モノづくり」なのか?

ソフトウェアを開発することを「モノづくり」と言う人が少なからずいる。これにすごく違和感があるのは私だけだろうか?

「モノづくり」ってよく分からない言葉だが、日本の製造業をポジティブに表現するために使う。すり合わせだとか高度な熟練技能だとか日本の製造業には優れたところがあって、そういう優位性は日本人の精神性によるものだという、よくある日本人論だ。製造業に別の言葉を当てるのは、お役所言葉っぽくて嫌いだが、まあよいとしよう。

しかし、プログラミングに「モノづくり」なんて言葉を適用されるとおかしくないかと思ってしまう。

プログラムは「モノづくり」でいうところの「モノ」なのか?例えば、脚本を執筆することを「モノづくり」というか――いわない。プログラムは著作物である。著作物は物理的な実体が伴わなくてもよいものだ。ハードディスクに保存して、ディスプレイに表示してもいいし、プリントアウトしても上に書かれた文字列には著作権がある。物理的実体が伴わないものが、工業製品と同じとは思えない。

しばしば「モノ」に対比されたものとして「コト」が言及される。プログラムはその対比でいうならコトの方だ。プログラムに記述されるのは業務プロセスであり、会社の仕組みやビジネスモデルそのものだ。*1

それに、「モノづくり」というと日本の産業が良い状態だというニュアンスを含む。日本のソフトウェア産業なんて、全くポジティブに評価していいものではないと思っている。「モノづくり」なんていうといかにも品質が高そうじゃないですか。品質を評価することは難しく、ハードデータもないのだが、これは疑っている。

「モノづくり」なら生産現場が散らからないように、現場で5Sをするのが現場監督の仕事のはずだ。しかし、生産現場が乱雑に散らかっているばかりか、製品自体もボンネットを開けたら配線がグチャグチャになってましたみたいな状態が多いのではないか。私はソフトウェアは「モノ」でないと思っているけれど、「モノ」っていうなら少なくとも「モノ」自体を見て、これがいいものだとか悪いものだとか、良くするためにはどうするのかとか考えるべきけれど、実際やられてないだろう。工業製品だったら全員が製品の現物(最低でも写真)を見る。ソフトウェアだとそれがなくなって、製品のカタログにはロゴしか書いてない。それがなんなのかすら分からない商品の多いこと。

「モノ」でないから、製造業の概念が適用できないかというと、そんなことはない。トヨタ生産方式の概念は適用可能だと思っている。「モノづくり」とか言っているわりに、本当の「モノづくり」の知見が全く参考にされていない。これが不思議だ。

*1:組み込みとかデバイスドライバとかは知らん