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世間はお前らの母親ではない

所感 a.k.a. poem

世間はお前らの母親ではない

カイジ』の利根川が放った有名な言葉です。こういうことを考える出来事があって、思うところが多い。

大昔は、自我とかなかった頃は、自分が世界の中心だと思っていました。自分が物語の主人公で世界は自分のためにある、はっきりとは思わないでも、そういう状態であった。自分以外の人生があるなんて知らなかったわけだ。

ちょっと時間が経過して、世の中非常に多くの人がいてそれぞれに人生があると気づきました。自分は主人公でもなんでもなくて、アホほどある人間の一人なんだと。『鈴宮ハルヒの憂鬱』でのハルヒの独白の心境でしょうか。

それでも、まだその事実には納得しない。どうして私の前の席にはハルヒがいなかったのか、どうして私の家の碁盤には作為がいなかったのか、どうしてルフィーは私を冒険に誘ってくれなかったのか、納得しきれなかった。もちろんそんなことは起こらないわけで、事実は眼前にあり、自分は物語世界に生きているわけではないことを否応なく認めざるを得ない。

成功者と言われるような人が書いた本を読むと、世界は自分のためにあって、自分が世界の主人公だと思っているように見えることもあります。そういう人も稀にいるかもしれないけれど、ほとんど全ての人はそうではない。Bill Gatesも言っています:

Life is not fair; get used to it.

と。Gatesに言われると説教臭く感じますが、正しい。

しかし、慣れたかというとそんなことはなくて、つまりまだ大人になりきれていないのだと思います。誰かが手を差し伸べてくれると、誰かが私を見つけてくれて日の目を見る日があると、今日までは信じていた。

誰しも自分のことで精一杯です。他人のことは他人事です。私だって他の人のことにまで介入しようとは思いません。一番しんどかったときに、他人は私のことを助けてくれなかったのに、どうして私が他人を助けてやらなきゃならないのだろう。他人でなければ別なのですが……

逃げ出したところで誰も追いかけてこないし、暗い水底に沈んだところで誰も手を差し伸べてはくれないのです。

ここではないどこかなんてないのです。私も流れ着いた先で細々と生きてるのだから、流れていった人はどこかで生きているとは思います。しかし、世間は彼を助けない。現実を認めてやっていくしかないのです。

Reality is that which, when you stop believing in it, doesn't go away.

-- Philip K. Dick

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追記: 2015-11-09

現実を拒否しても誰も助けてくれないのに――というのを見まして、私も基本的には世を拗ねているのだけれど、そんなことをしてもどうにもならないというのを今更感じた。心配はするけど誰も助けてはくれない。まあ、他人でもなくてどうにかできる力がある人が俺は関係ないというスタンスを取るのは、罪だと思っています。私にその力があったときには介入できるのだろうか。