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捏造?いいに決まってるじゃん

所感 a.k.a. poem

STAP細胞騒動もすっかり忘れられてしまいましたが……私は別に研究者でないから,こういうこと言っちゃっていいだろう.捏造なんていいに決まってる.何の問題もない.

なぜならば,研究者のミッションは,正しいデータ出すことでも,真理を探求することでも,新しい発見をすることでも,発明をすることでもないからだ.彼らのアウトプットは論文を書くことだから,それ以外のものは最も優先すべきことではない.

目的の元ではいかなる手段も許容される.プロってそういうものじゃないか?

記事として重要なのは,

  • 論理の整合性
  • 嘘八百の背景
  • 実験装置・計算機の価格やかけた手間といったデモンストレーション要素
  • 20個以上の意味もない引用で泊をつけること
  • こねくってわかりにくい議論をして高度なことをしているように見せること

等であって,正しさというのは含まれていない.論理の整合性を追求したら,結果として正しくなることはある(あるいは正しくなる場合が多い).

しかし,正しいことは重要ではない.そもそも正しさって何という問題になるし;誰も正しいことを知らないからやっているはずだのだ.

この式を解きましたって書いている方程式がそもそも間違っているとかも,大して問題ではない.そういうの興味ないんだ……と,スタンスとしてどうなのかと思うことはあるが,どこに興味があるのかとかは好みの問題だから是非は説けない.

結局,論理の整合性とぱっと見の印象しか見られないわけだ.そこが最優先事項なのであれば,嘘だって許容されうる.

STAP細胞の何がまずかったかって,容易に検証できることで,大きな発見をしたことだ.いろんな人が検証しようとしたから,発覚したわけだ.検証できることで嘘をつくのは許されない.しかし,普通は検証なんてだれもしない,あるいはできない.

検証できないことに関しては,嘘をついていい.不都合なデータを無視するとか,除外するとか,当然OKだ.あるいは,結果が滑らかになるように細工するのだって,それを明記する必要もない.これは合法だ.

むしろ推奨される行為とすら,最近は思っている.なぜなら,みんなが幸せになる行為だからだ.見る人はきれいなデータが見れて嬉しい,出す人は褒められて嬉しい.昔は抵抗あったけど,今なら迷わずやるだろう.*1

紙の上にあることがすべてというコードの元なら,存在しないデータを作ること(いわゆる捏造)も,否定できない.紙面がすべてだと思っている老人に,捏造を批判はできない.何もなくて地獄に堕ちるより,捏造したものでも何かあった方がましだ.しかし,存在しないものを存在すると言って,それが見つからないおそれが全くないなんてことは,まずありえないので,結果としては捏造はめったに行われない.*2

どうして,こんなことを思うかというと,優秀というのは,手際よくアウトプットを出せることだと思うからだ.軽微な嘘をつこうが,捏造しようが,他人から奪おうが,いかなる手段を用いても,アウトプットとして綺麗になっていればそれでいい.アウトプットが出るなら,あとは些細なことだ.そして,そういう人が優秀だって実際言われる.この人が背伸びしているとか,ズルしているとかでなくて,そういうゲームなのだ.優秀な人というのは,ゲームのルールを知ってプレイしている人なのだと思うのだ.


2014-11-05 カッとなって書いたために,あとから読むと変に怒られる気がしたので,開き直れる程度に少し直した.

芸術闘争論

芸術闘争論

*1:そんな機会はないけれど

*2:そもそもデータを取るまでもなく結果が分かっていることなんて,わざわざ調べる必要はない.どうなるか分からないものについて,データを作るのは違法だろう.ただし,どうなるか分からないのだから,データを作りようがないとは思う.こうしたらこうなるのだろうと予想がつく人は,捏造なんてする必要もなく普通にデータを採取することができると思う.