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OSSとは標準規格である(1)――ソフトウェア規格の奪い合い

計算機 考察

OSSは今や当然の存在だ。ソフトウェアが欲しいときに最初に検討するのはOSSだ。OSSを無視して計算機システムを考えることは不可能だ。

OSSは篤志家が開発していることも多いが、最近では企業が争って開発に参加している。私がお世話になっているHadoopもほとんど企業の人が作っている。OSSソースコードが丸裸で、使用するのも無償だ。企業としてOSSを開発することにどういった利点があるのだろうか。

現状の答えは、OSSが標準規格をつくれる手段であるということである。

これについて

  1. ソフトウェア規格の奪い合い
  2. OSSは最大多数の最大幸福を実現する
  3. OSSを作る側の幸福

の3回に分けて投稿する。

ソフトウェア規格の奪い合い

情報通信産業での競争とは規格の奪い合いだ。規格とは2つのものを組み合わせて動くかどうかということだ。

ソフトウェアは単一では動かない。アプリを動かすだけでも、OS・ミドルウェア・実行環境・フレームワーク・ライブラリ等々を用意しなければならない。アプリを作る場合も、アプリが依存しているこれらのものに合わせてアプリを作らねばならない。依存される側のソフトウェアは一種の規格であるといってよい。

ソフトウェアを別のソフトウェアに一旦依存させたならば、その依存関係を解消することは難しい。ソフトウェアの依存先をプラットフォームと呼んだりするが、プラットフォーム間の移植というのは簡単にできるものではない。Javaマルチプラットフォームだというけれど、それはJavaに依存しているだけで、依存関係が解消されるわけではない。

そのため、ソフトウェアの依存先の決定というのは重大な事項である。依存先が消滅したらそのソフトウェアは価値を失う。依存先が勢力を広げたらソフトウェアの価値も向上する。例えば、LINEはiOSAndroidスマートフォンに合わせて作成され、スマートフォンの普及とともに覇権を拡大していった。ソフトウェアを開発する側にとってはどのプラットフォームを選ぶかというのは、経営戦略の上で最重要な事柄であるといってよいと思う。もしソフトウェアを開発している会社でマネージャが依存関係を把握していなかったり、依存先の決定を行っていなかったら、その会社に未来はない。

一方で、他のソフトウェアに依存される側のソフトウェアを販売とするということは、大変旨味のある商売である。一旦依存されたら永遠に自分のところのソフトウェアを使い続けてもらえる。未だにメインフレームCOBOLの実行環境が売れ続けているのだ。自分の製品に依存したソフトウェアを作ってもらえれば、永久に儲かり続ける仕組みができあがる。これを理解して成功したのがMicrosoftである。もはやWindowsやOfficeから離れて事業を行うことは不可能だ。帝国だとか支配だとか言われて嫌われていてもだ。

誰もが次のビル・ゲイツになりたいと思っている。他のソフトウェアを依存させたい。しかし、依存する側はリスクを抱えるから簡単には選ばれない。ベンダーはいかにして規格を奪うか、自社のソフトウェアをデファクトスタンダードとするかということに関してせめぎ合っている。

では、いかにしてソフトウェアを標準化すればよいのだろうか。それについて次回書きたい。

スティーブズ(2) (ビッグコミックス)

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